■ 東日本大震災被災者支援隊の応援をする村田ほうぞう (平成23年5月)
炊き出し隊の応援をする防災服姿の私です。「宮崎県黒豚豚汁の『ごぼうのささがき』の調理支援です」
午後6時には、200人分の豚汁・ご飯・から揚げ・キャベツの千切り・ソーセージのから揚げ・バナナ・デコポン
などが出来上がる予定です。
宮崎県都城市の市議会議員・市民有志の会の方々6名が、炊き出し支援物資や避難支援物資を積み込み
3トントラックとマイクロバスの2台で、1960キロの道程を2泊3日で盛岡に到着。
休む時間を惜しんで作業に取り掛かり、午後6時の食事開始時間に間に合いました。(5月1日)


この特製大釜で、500人分の豚汁を提供できるそうです。
燃料は「盛岡の薪」です。三ツ割の薪販売店のご協力で特別乾燥の薪を提供頂きました。
3日間5回の炊き出しの燃料になりました。 (5月1日)


午後6時過ぎに、食事の提供が始まりました。
ふれあいランド岩手の食堂です。被災者の方々へ「特別美味しい豚汁定食」が提供されました。
お代り自由な提供です。
子供達は、「でこぽんやバナナ」を甘い甘いと言って、お代わりしてました。(5月1日)


釜石市市民体育館前で、お昼の炊き出し準備が始まります。
300人分の準備に掛かります。(5月2日)


5月3日夕食を提供してから、盛岡へ。盛岡の到着は夜の10時30分ごろ。お風呂に入って汗を流し
友人の家に雑魚寝。
翌4日の朝、岩手日報社出版の東日本大震災の雑誌を買占め(最後の7冊)盛岡南インターから
宮崎県都城市に向け、5月4日午前11時に出発です。
5月1日に盛岡到着から3泊4日、5回の食事で1400食を作っていただきました。

都城市の方々の多くの方々の支援を集めて、盛大な出発式を行って頂き出発したそうです。
帰路出発の盛岡から、見送りの人は2人だけ。寂しい光景でした。
しかし、被災者の方々の胸の中に宮崎県都城市の思いやりの「暖かな種火」が燃え始めたことの確認が
寂しい光景だったけれど、支援隊の皆さんの「大きなお土産」になったことでしょう。

笑顔で手を振って出発して行きました。「今度は、都城で合いましょう!・・・・・」

心が熱くなる感動をありがとう! (5月4日)